『大いなる遺産、新たなるドラマ』
鳴海 章 ‹Sho Narumi
ばんえい競馬のコースは、砂が深い。人が歩けば、くるぶしどころか、ひざのあたりまで埋まってしまう。その砂を掻きわけ、蹴散らし、馬たちは進む。曳くソリは鉄製。空荷で460キロ、レースでは総重量500キロから1トンになるまで錘(ハンデ)が載せられる。深い砂は、農耕の象徴だ。世界各地で荒れ地を切りひらき、耕してきた馬の姿が21世紀の今に伝えられる。今日、唯一北海道の帯広競馬場でしか行われていない競技である。
 見どころは、何といっても第2障害。かつて林業では、細く、険しい山道を人と馬とが一体となって巨木を運んだ。急斜面を登らせるとき、人は馬の呼吸を読み、タイミングをはかった。それこそが馬を扱う男たちの腕(技量)の見せ所なのだ。第2障害もまた、馬の力とジョッキーの技量の双方が相まってようやく超えられる。
直線二百メートル、深い砂、そして大小二つの障害……、過去数千年にわたって人とともに生きてきた《働く馬》の姿がばんえい競馬に凝縮され、そして日々、新たなドラマが生みだされている。
最後に。
太田氏の写真は、2007年春、初めて拝見した。最初に見た作品で、私がもっとも心惹かれたのは、チヨノキングの肖像。今まで一度も目にしたことのないばん馬の表情がそこにあった。おそらくは、氏が長年にわたって〈能〉の幽玄を撮りつづけてこられたことと無関係ではあるまい。写真には、ばん馬たちの素朴だが、誇り高い貌が描かれてあった。こうしてホームページに駄文を寄せさせていただくことを光栄に感じる。
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